「もう治療法はありません」と言われたら…③

肺がん8年生MIRAさんが言われた


「もう治療法はありません。あとは緩和ケアに行ってください」


患者はこの言葉をどう受け止めたらいいのでしょう。
もっと言えば、「抗がん剤治療をやめる時」はいつか来る。ならば、患者はどう考えたらいいのでしょう?
そんなことを考えようと始まったこの企画。


ワンステップ!では3つの立場の方にご登場いただこうと考えました。

①   内科医
②   緩和ケア医
③   ピアサポート

 前回は①内科医の立場からまとめました。

今回は②です。緩和ケアの先生に聞いてみたいと思います。


ご登場していただくのは、医療法人平和会 平和病院院長、そして緩和ケア科の高橋修先生です。

平和病院は、神奈川県横浜市鶴見区にあります。16床の緩和ケア病棟を軸に、緩和ケア科外来、訪問診療を行い、地域の多くの先生方、在宅ケアスタッフとの連携を構築し、「地域で」がん患者さんを支える取り組みをされています。がん拠点病院の中にある緩和ケアではありません。
※平和病院のフェイスブックページはこちらです


高橋先生がどんな先生なのか、本題に入る前にすこしご紹介です。(※NPO法人スペースノヴァに寄稿された文章から、許可を得て抜粋します。


私自身は長年外科医として多くのがん患者さんの手術、抗がん剤治療などを行ってきました。診断、治療の経過の中で多くの患者さん、ご家族と出会い、その身体的、精神的な苦悩と向き合ってきました。

私が医師になったころは、がん患者さんに対する「告知」はまだ一般的ではありませんでした。また手術、抗がん剤治療などの経過の中での患者さん、ご家族の葛藤には多くの関心が払われなかったような気がします。未告知のまま症状が悪化して苦しむ患者さんたちに接し、「何とかしたい」と思ったのが緩和ケアに関心を持ったきっかけでもあります。

また、私自身が肺がんに侵され、手術を受けたサバイバーでもあります。まだ子供も小さい時期でしたので、がんの発見、治療、つらい症状、仕事への復帰など多くの不安や悩みを抱える中で、「患者」としての視点、考え方を体験したことは、外科医から緩和ケア医に軸足を移した大きな転機でもあり、今の緩和ケア医としての活動には役立ったのかもしれません。(当時はかなりへこみましたが・・・)



肺がんを患ったことのある先生なんですね。

では、本題へ。

今回は上記HPからの抜粋と、実際に伺い、お話したことを元にまとめさせていただきました。ちなみに、高橋先生はMIRAさんを実際に診察した先生だということも、話していてわかりました。あまりの偶然にびっくりです。どんなふうに話したんですかね。

では、はじめます。

 

そもそも、MIRAさんのような「治療法がありません」といわれた患者さんがいらっしゃるのかどうか?その現状を先生はHPに寄稿していました。

 

現実には担当医が、がん患者さんに対して「この病院ではもうやるべきことはありません。何処か緩和ケアの施設をあたるか在宅医を探してください」と言って、地域連携室から緩和ケア病棟のある施設一覧を渡されることは、今でもよく見られる光景です。

この病院を初めて受診する患者さん、ご家族も、診察室のドアを開けてお目にかかるとき、「担当医師からさじを投げられた」「ついにこんなところに来てしまった」などと怒りや戸惑いの表情を浮かべる方も多くいらっしゃいます。


 

そりゃそうです。戸惑っていない患者はいないと思います。感情がゆれていないわけはない。

では訪れる患者さんに対して、高橋先生はどのように対応するのでしょうか?

キーワードは「緩和ケアに対する誤解をとく」

そこからはじめていくそうです。

 

そんな時に私が説明する言葉は、「緩和ケアといわれると、もう最後だ、いよいよ人生の終わりだ、モルヒネを使われて死を待つだけだ、などと感じる方もまだまだ多くみられます。ただ、決してそうではありません。患者さんは、がんと診断された時から精神的な苦痛を感じ、また手術、抗がん剤の治療を積極的に行っているときでも体がつらかったり、心が折れそうになることもあります。その一つ一つを多くのスタッフが協力しながら解決するお手伝いをするのが緩和ケア科の役目です。

抗がん剤の治療で一時的に体調が悪化した場合の治療、療養も担当し、状態を改善させてふたたび治療に戻っていただくお手伝いもします。

もちろん、がんの患者さんの中には治療の限界を迎える方もいらっしゃいます。その場合のいろいろな苦痛を緩和するのも私たちの重要な役目であることは否定しません。ただ、緩和ケア科は多くの方が考えているように、その部分だけを扱う診療科ではなく、病気の経過のすべてのステージで、生活の質をできるだけ維持するお手伝いをさせていただく診療科なのです。

このようにちゃんとお話をして、緩和ケアに対する誤解を解いて、これからどのように関わってきますよというお話しをすれば、帰っていくときの顔といらっしゃる時の顔は違う場合が多いんです。それを目指してやっています。


 

そういえば、ターミナルケアという言葉がありますよね。終末期の医療を示す言葉でした。これは肺がんの知人が教えてくれたのですが、終末期ととらえるべきではないといいます。ターミナルってそもそも空港のイメージがある。着陸したらまた飛び立っていく、そういうイメージ。だからターミナルケアは決して最期だけを示すものじゃないよね、と言ってました。

 

 

さて、高橋先生ですが、実際にMIRAさんを診察した先生でもあることをお伝えしました。では実際のところ、高橋先生はMIRAさんにどのような話をしたのでしょうか?

そのときのことをMIRAさんはこう振り返っています。

 

その緩和ケアの病院にいき、そこの先生にまだ私はこの病院に来るつもりはありませんと申し上げました。まだ治療が沢山あるのでその治療を試したいんだといいました。家の近くに大きな病院があるのでそこに行こうと思っていますというと、そこの先生がとてもいい先生で、もとの病院でもし紹介状書いてくれないというんだったら、僕が書いてあげるよと言ってくれました。心配ないよ、とおっしゃってくださいました。だからすごく心強くなりましたよね

 

高橋先生はMIRAさんの意向に賛成しました。これはどうして?

 

やっぱり治療を望んでいる方ね。それを頭から否定するというのはよくないんですよ。 だからその時に見るのは、その方の今の全身状態。治療はやっぱり厳しいですから、それなりに体力があるか、気力があるか、というのはみさせていただいて、それでも大丈夫だと思う、あるいは気持ちが強い人というのはやはり他の場所に行くことをおすすめします。だからその時は、そう勧めたのかもしれません。

 

MIRAさんは高橋先生のもとを訪れた後、地元のがん拠点病院で今も治療を継続しています。

そして、このような時に緩和ケア医として患者さんに伝える「大事なポイント」があるといいます。もちろんMIRAさんにも伝えています。

 

何かあったときは私たちがいますからねと場所を確保したうえで、治療に行くと。どんな事があってもとりあえず逃げ場所があるっていう。そういうことが大事だと思います。むやみに荒海に乗り出していく必要はないのですから。帰る港がないとなかなか難しいことになりますので。そこは確保した上で頑張っていただくと。で、辛い症状が出たらそれをとるお手伝いもしますし、辛いときにじゃあ入院ねというのは、がん拠点病院ではなかなかできないですから。その間はうちに入院して体力をつけて治療に戻っていただくとかね。

 

こんな風に背中を押していただけたら最高ですね。MIRAさんが「心強かった」と語るのもうなずけます。

「緩和ケアは最期だけではない。治療のあらゆる場面で患者さんを支える医療」高橋先生が本当にそう考えていることが伝わってきます。

(もちろんMIRAさんが厳しい状況であると判断すれば、誤解を解いていくところから始めるのだと思います。)

 

今回はここまで。

 

次回は・・・

「もう治療法はありません」「緩和ケアへ行ってください」などなど

言葉はどうであれ、抗がん剤治療をやめるときが進行がんの患者にはやってきます。

そのときのショックは計り知れないものがあります。

高橋先生はそのショックを少しでも和らげるため、ある手法をとっています。

その手法とは・・・

また、患者からは見えない医療者側の事情もお話してくださいました。

すぐにアップします。