がんと仕事の両立⑥ 森さんの場合

みなさん こんにちは

1月26日のおしゃべり会での様子を取り上げています。

がんと仕事の両立、6回目となりました。森さんの場合です。どうぞ~

先ずは自己紹介します。

 

群馬県から参りました森雅人と申します。地元ではピアサポーターとして院内サロンや地域密着のがんサロンを中心に患者さんのお話に耳を傾け、共に考えるという活動をしております。同時に日本癌治療学会認定のがん医療ネットワークナビゲーターとして、がん医療を受けるために必要な「医療関連情報」、「生活支援情報」等に関する適切な助言・提案・支援などを行っております。いわゆる医療と患者の仲立ちをするコンシェルジュのようなポジションで週末ボランティアではありますが肺がん以外の患者さん達にも沢山お話を聞かせて頂いております。

 

さて今日は、私が考える「仕事」との関わり方をお話しする機会をいただきました。
元来そんなに「働き者」でない私の、仕事に対する「ユルユルな」つきあい方を皆さんにお伝えすることによってここにいらっしゃる何人かの方が「少し肩の力を抜いて仕事と向き合う」キッカケとなったらうれしい限りです。

サラッと私の治療歴をお話しさせて下さい。

 

ごらんの通り2015年1月の告知後、手術不適応ということで放射線療法を加えた化学療法を一次治療として行いますがその3ヶ月後には転移が見つかります。その後全身化学療法を3rdラインまで行いましたががんの増悪を食い止めることはできませんでした。

 

刻に2015年末、ニボルマブが肺がんに適用拡大されます。このクスリのおかげで私は今こうして皆さんの前でお話できている訳で、そのうえ仕事復帰ができるまでがんと上手くつきあうことを許され、普通の方々に近い日常を送らせて頂いております。

しかし私の治療には常に少々きつめの副作用との闘いがつきまといました。3rdラインまでの殺細胞性抗がん剤を使った治療で体力を根こそぎ持って行かれた後、ニボルマブでは深刻な薬剤性大腸炎にみまわれ、たった4回の投与で治療を中止せざるを得なくなったのです。

 

 

その当時の様子がよく分かる写真がこの一番右の写真です。随分と頬がこけているのがお判り頂けると思います。この時ここにお示ししたようにPNI(栄養予後指数=アルブミン値とリンパ球数で栄養状態を計る指数)が31.1という数字でした。この数値は「かなりの危険水域」であったようです。治療継続はもってのほかというレベルで、同様にBMI(ボディマスインデックス=よく肥満度を測るのに用いられています)は22程度が望ましいといわれる中、パリコレモデル以下と言われそうな16を切る激ヤセ状態となってしまいました。その為緊急入院となり、輸血と中心静脈栄養で2ヶ月間を病棟で過ごす羽目になったのでした。

 

 

このようなペットボトルのキャップも開けられない様な虚弱とも言える体力しかなくなってしまった時は「仕事」なんかこれっぽっちも頭にはありませんでした。とにかく自分の身の回りのことができるようになることが第一目標でした。なにせ自宅のたった10段ほどの階段でさえ上ることができなくなってしまっていたのですから。

 

 

しかし人間というのは不思議なもので、副作用が癒えて日常生活が戻ってくると、

 

「私の治療を支えて下さった医療者の方々や家族への報恩(恩返し)の想い」や「こんなに元気にしてもらったのだから社会に貢献しなけりゃならん!」という使命感がむくむくと頭をもたげて来たのです。また2年半も「はたらくということ」から免除されてきていましたので「お金(がない)」という現実的な問題からも「仕事復帰」への想いは実現せねばならない目標へと変化していったのでした。

 

 

ですが復帰後一年を経過した「今」の私の心境と言えば、どちらかと言えばスライドには「実存主義へ!」などとカッコつけて書いていますが、「一日無事終わればそれで良し。精一杯、力を尽くして生きるだけでいいじゃないか。」「使命感とか恩返しなんて偉そうな言葉や気持ちではなく、仕事をしてご飯を食べて風呂入って疲れて寝る。」という事にうれしさや満足を感じる小さな男(自虐w)になって来ています。

がんである私たちが働きやすいカタチ(支援や制度)ということですが、「昨日は調子が良かったけれど今日は何だかダメ。」みたいなことご経験ありませんか?わたしは結構な頻度でそういったことがあるのです。必死に理由を探しては見ますが大抵思い当たることはなく、じっとしてカラダを休めることしか対処の方法がありません。こんな私たちには「とにかく時短(勤務)」しかないと思っています。

 

 

そしてその勤務形態を認めさせるというか、「がん患者の労働のスタンダードはコレ(つまり短時間集中勤務)なのだ」という既定路線を創ることが今を生きる私たちの責務なのでは無いのかとも考えてもいます。

 

 

ところでその昔(私たちが新卒の頃くらいまで。ちょうどバブルの終わり頃でしょうか?)、会社ってところは家族みたいな部分が沢山あって、人の才能は一定ではないのだから(語弊を恐れず言えば)多少出来の悪い社員もひっくるめて面倒を見るのがあたりまえ的な包容力というか度量の大きさをまだまだ持っていました。「社会全体で弱者をめんどう見るのだ。」という感じで(いわゆる国が負担すべき)社会保障制度の一部分を企業が担っていた時代は既に遠い過去の話しとなっています。現在は企業も経済効率優先させる経営スタイルが当たり前で、雇用においても年齢や性別に関わらず合理的で平等な賃金形態が主流となってきています。これって私たち「がんでも働く人々」にとって追い風なのでしょうか?それとも強烈な逆風となるのでしょうか?

 

 

がんと就労の問題は、実際には一朝一夕に解決できない難しい問題が山積しています。しかし今は「色々な価値観を認めていきましょう!」という意識が確実に醸成されてきていると感じています。そう、私たちのような働き方(の多様性)が認められる世の中はもう間もなく到来するはずなのです。だからこそ「今」が大切なのだと私は思っています。

最後に私がこの4年がんと向き合いながら仕事をしてきた経験から「はたらくということ」には、

 

1. お金
2. 痛みや悩みや将来への不安から解放される時間

3. そして今ここに立派にひとりの人間として世間様の役に立っているという気持ち

 

という労働以外からは得られない素晴らしい恩恵があると思っています。

 

 

辛いときもあるでしょう。痛みで泣きたいときもあるかもしれません。そんな時は、これっぽっちの我慢もすることはありません。がんなのですから。しかし多少の障害であるのであれば日常生活において「はたらくということ」を取り入れることはとても気持ちの良いことだと私は思います。

 

 

最後の最後になりますが、医療者へ伝えたいことというお題を頂戴しておりましたのでひとつだけお伝えしたいと思います。

 

先生方にはお忙しいとは存じますがもっと患者会やがんサロンにお出かけ下さいとお願いしたい。そして私たちの本音を聞き取って欲しいと思っています。がんと就労というテーマは、今より更に進んでより良いカタチになっていくことでしょう。その上でご理解頂きたいのは、
私たちがん患者は「働きたいのではなく人生を充実したものにしたい!」のです。
それを分かって頂き寄り添っていただければ、これ以上の喜びはありません。
それが私たちにとっての「最高の支援」です。

 


以上です。ご清聴ありがとうございました。