『妊娠期がん』インタビュー ゆうさん その1

みなさんこんにちは!

今回から3回にわたり、『妊娠期がん』を経験されたゆうさんのインタビューです。
このインタビューは樋口宗孝基金の助成を受けて行われました

ゆうさんは肺がんではありませんが、妊娠がわかったとほぼ同時のタイミングで乳がんが見つかりました。

無事に出産し今、お子さんは6歳になっておられます。

では、どうぞ

 

*:はじめに、プロフィールを教えていただけますか?

  

1978年生まれ、静岡県出身です。仕事は、女性特有のがんのピアリングというオンラインコミュニティーを運営しています。その他にもフリーライターなどいろいろとやっています。趣味もたくさんあるので、毎日なんだかんだでわりと忙しいですね。家族は夫と、まだ小さい息子と3人家族です。

 

*:早速なのですが、がんのご経験についてお聞きしますね。判明した時期と、それがどんなきっかけでわかったのかを教えてください?

 

2013年、34歳の時ですね。ある日ふと右側の胸の上の方がなんだか痛いなと感じて、ちょっと触ると硬いしこりみたいなのがあったんです。

夫には「そんなに痛いなら早めに病院に行きなよ」と言われていたんですけど、ちょうどそんな時に妊娠が判明しました。

 

*:妊娠がわかってすぐのタイミングでわかったんですか。

 

妊娠3か月か4か月でしたね。胸の痛みは妊娠中の体の変化なのかと思って、あまり気にしていなかったんです。いずれ健康診断を受けるから、その時についでに胸のことも診てもおう、くらいに思っていて、すぐには検査に行きませんでした。

 

*:健康診断まで検査に行かなかったんですね。

 

そうなんですよ。健康診断を受けた時、乳がんのエコーをしてくれた先生に「もしかしたら悪性の場合もあるから精密検査した方がいいよ、妊娠中にもできるがんってあるから」って言われてしまいました。

そこで、通っていた産婦人科の先生にそのことを伝え、要精密検査の報告書?なのかな。封書に入った画像の写真を持って行って見せました。そうしたら、先生が画像を見て思わず「あ!これ大きいじゃんか!」ってびっくりしてて(笑)そして、すぐに近くの総合病院の乳腺外科に紹介状を書いてもらって、そこでさらに詳しい検査を受けました。

 

すると、検査結果を聞きに行く予定の日よりも早く病院から「ご家族と一緒に来てください」と電話がありました。家族は「家族を全員呼んでください」ということは、ヤバいんじゃないかと思っていたらしいんですけどね。

 

*:告知された時はどんなことを思いましたか?

 

 


「残念ながらこれ、がんです」と案外あっさり言われて。その時はもう、何も思い浮かばなかった。真っ白って感じです。「は、あ、そうっすか…」っていうのが精一杯。

がんかどうか、細胞を取って調べる針生検をする時も先生が「これはたぶん良性で、がんの確立は10%以下だと思う」って言ってたんです。なので、本当に、全くがんだとは思っていなかった。身内にがんになった人もいないし。

 

*:それはびっくりしましたね。

 

さらにその先生からは、「妊娠中に抗がん剤を使った治療はできないので、産後に抗がん剤治療をしても進行が早いタイプのがんだから、ほかの臓器に転移するかもしれません。もし出産するとしたら転移を防ぐために両胸を全摘します。でもお子さんの成長は見られない可能性が高く、子どもをあきらめて治療した場合でも、今後子どもを持つことは難しいです」というようなことを言われましたね。

 

*:ご家族と一緒に聞いたんですね。その時のご家族の反応は覚えていますか?

 

絶句ですよね。母が「この子(私)だけ何とか助かる方法はないんですか」と、絞り出すように言ったのが印象的でした。あとはみんな何も言わずに黙っていました。

 

*:みなさん、パニックみたいなことにはならなかったのですね。

 

そうですね。告知された後、病院からの帰りに、私が「お腹すいたから、カレーを食べに行きたい」とか言って、カレーを食べに行ったんです。みんな無言でナンとカレーを食べてました。

そのカレーが美味しかったんですが、その時は「美味しいねー!」とか言える雰囲気ではなかったですよね。

でもつい最近、母がふと「あの時のカレーがすごく美味しかった」と言ってて、ああ黙ってだけど、やっぱり美味しいと思ってたんだな、と(笑)

 

*:そこからどのようにして、治療ができる病院にたどり着いたんですか。その時はどんなことを思ってましたか。

 

直感で、なんだかその先生のいうことが信頼できないな、と思ったので、自力で情報を集めようと思いました。

何かを考えている暇はなかったような気がします。本当にぼんやりしてる暇がなくて。
進行が早いタイプの乳がんだったので、すぐに治療の方針を考えなければならなくて。1週間とか10日だったかな、とにかく次の通院の日までに子どもをあきらめるのか、そのまま妊娠を継続して治療はせずに出産するのか、どちらかを決めてきて、と言われた気がしますね。しこりはその間もどんどん大きくなっていってて、痛みも強くなってましたしね。

 

そして、当時Facebook、Twitter、mixiをやっていたのですが、そのSNSをすべて駆使して「今がん告知されてこうなんだけど」って書いて、片っ端から友達に連絡を取って。とにかく、情報を集めないといけないから。「誰か治療ができる方法を知らない?」って。で、身内とか知り合いに医者がいる人もいて、いろいろ調べてくれたんだけど、やっぱりそういう例がわからないという話で。インターネットや書籍など、とにかく調べまくりました。

 

すると、妊娠中に抗がん剤治療して出産した人のブログが出てきたんです。そのブログは、明るい4コマまんがで治療の様子や病院のことが書かれていました。それで、治療ができる病院にすぐセカンドオピニオンの予約を入れました。そして、さらに別の病院にもサードオピニオンで行って話を聞いて、やっぱり妊娠中にも治療ができるということがわかり、すぐに転院して治療が始まりました。

ちなみに、そのブログを書いていた方とは、その後ご縁があり対面してお礼を言うことができ、今でも仲良くさせていただいています。

 

*:お医者さんに、あきらめてくださいって言われたらあきらめてしまう人も多いと思うんですけどね。そこであきらめなかったんですね。

 

そうですよね。出会う方の中には「がんがわかった時、中絶しちゃった」という話を聞くことがあります。

やっぱりそこで私が治療して出産しようと決断したのは、割と強い意思だったんだなって思います。

何か強いエネルギーがあったのかなって。逆境を押しのけるエネルギー。

子どもが生まれてきたい、というエネルギーが強かったのかなって。

自分一人のエネルギーじゃなくて子どもと私の。やっぱり、今息子を見ていると、そういうのが強い子なのかなって思うんですよね。すごく我が強いんです(笑)

 

*:そうなんですか。それにしても転院できて本当によかったですね。転院後、どんな風に進んで行ったんですか?

 

転院前のセカンドオピニオンの時、最初に先生が「あなたは妊娠してるのよね。おめでとうございます!」って言ってくれたんですよね。「これから治療していくんだけど、頑張れる?あなたは治療をするのよね。お腹の子ども守るために一緒に頑張っていきましょう」って。今まで、誰もそんなことを言ってくれなかった。この先生が助けてくれるって、神様みたいに見えて、涙が出ましたね。

検査をしていくうちにちょうど安定期に差し掛かり、そこから抗がん剤治療が始まりました。

 

*:治療中はどんな風に過ごされていたんですか?

 

産休に入る妊娠8ヶ月まで仕事を続けながら、通院で抗がん剤治療をしていました。

週2~3日、会社に行ってましたね。デスクワークだったんでそれほど辛くはなかったかな。体調のいい日には、映画を見に行ったり、友達に会ったりしてました。私は、つわりがひどかったからか、抗がん剤の副作用の吐き気が軽く感じられました。というか、つわりなのか副作用なのかわからないから、まぁどちらでもいいか。という感じで(笑)。食事も、食べても、食べなくても気持ち悪いから、どちらも同じなら食べちゃえって普通に食べててましたね(笑)。

通院では、抗がん剤治療と妊婦検診も、同じ日に一緒にやったので、妊婦検診の待ち時間に抗がん剤のところに行って、血液検査して、抗がん剤の準備をして。そして、点滴の針を刺したまま、また産科の待合室のところに戻って待つんですが、今回の抗がん剤の副作用はどうかな、との心配もあるし、子どもがちゃんと元気にしているかどうか、というのも心配で。とにかく心配がダブルというのが精神的に辛かったですね。その少し前には、1度流産しているので、毎回検診で画像を見るまで、すごく不安で。抗がん剤やりに行くだけでも憂鬱なのにね。

 

その2に続きます