肺がんBookvol.4から

インタビュー記事 米澤晴美さん 後編

みなさんこんにちは!

昨年秋に発行した「肺がんBook VOl.4」から

特集記事の、3名の方へのインタビューを改めてご紹介します。

今回は、米澤 晴美 さんの後編です。

●「病を誇りに変える人」インタビュー③

●患者会での活動、講演で人々に語りかける
  米澤 晴美 さん(患者家族)

●今までの生活に治療が増えただけ

 
ー治療中に大切にしていたのはどんなことですか。
 
一番はいままでの生活をするという事でした。主人は今までの生活に治療が増えただけとよく言っていました。先生と主人が相談して決めたのが、職場近くの病院でした。主人には仕事を辞めるという選択肢はなかったように思います。そして今まで通り、週末には孫たちがやってきて過ごすという事も変えませんでした。それともう一つ主人が決めていたのが、高いお金を出さないといけない治療はしないという事でした。標準治療なんて言う言葉も知りませんでしたが、先生が勧める治療でいいと。主人がどうしたいかという事が分って、私も主人との向き合い方が決まったように思います。
 

ー治療を終えられたのち、在宅看護をされたそうですね。

 

2014年2月から2年1カ月、抗がん剤治療をフィフスライン行い、使える薬がなくなって無治療になりました。転移と違って先生からも折に触れ聞いていましたので、とうとうやってきたかという感じでした。主人も無治療になることについて、異存はありませんでした。元々会話の多い夫婦だったと思いますが、治療が始まった頃「病院の夜は長くて、飛び降りたい様な気持ちになる。病院の窓ってよくできているよね」って言ったことがあります。そんな事を言ったのはその一度だけでしたが、その言葉を聞いた時に最後は家で在宅でと決めていました。子供達には相談していましたが、主人には話していませんでした。主人はびっくりしたようでしたが嬉しそうでした。

 

ー以降、病院との関係はいかがでしたか。

 

病院も、無治療になったから繋がりが切れるわけではないからと、次の予約を入れて下さり、こうしておくと何かあった時に入院が出来るからという事でした。この何かあった時というのは、主人に何かあった時ではなく私に体力的、精神的に何かあった時の為だと言われました。無治療になったら放り出されたなんて話も聞いていましたので、病院には感謝の気持ちでいっぱいでした。先生とのコミュニケーションは上手くいっていたように思います。呼吸器内科・腫瘍内科・放射線科の先生方が関わって下さっていました。

 

ー在宅看護になってから、変わった点はありましたか。

 

在宅になってからの方が、主人に言えないことが増えてきたように思います。一つは私の為の予約だという事。ずっと私の身体の事を心配していましたので、心配事を増やすような気がして言えませんでした。もう一つ言えなかったことが、在宅でお世話になった先生に1~2カ月と言われたことです。在宅になる前から本当にいろんな話をしました。自分でもわかっていただろうと思うのであえて言いませんでしたが、主人の会いたい人を聞いて会いに来ていただきました。いろんな話をしていたお陰で主人が亡くなった後で困ることは少なかったです。

 

●立場が違うからこそ話をすることが大事

 

ーセデーション(鎮静)の日は、ご本人が決めたとのことですが。

 

主人は最後まで話が出来ましたので、自分でセデーションの日を決めました。もちろん私にもどう思うかと尋ねました。私は「思うようにしたらいいと思っている」と答えました。

今年の春までは、セデーションの事が心に引っかかっていました。数日前から、主人の口からそれまで口にしなかった「つらい」という言葉が出てきていました。私が嫌だと言ったら、もう少しでも長く生きていたのかもしれないとずっと考えていました。セデーションについての話を聞く機会があり、本人の意思が一番大切だとお聞きし、自分で選べた主人は幸せだったと良かったと思えるようになりました。

 

ーご自身の経験を通して、今、どのように感じていますか。

 

後悔していることを考えた時に、闘病生活では後悔していることはありません。

後悔は主人も勧めもあってまた働いていましたが、後任の人が見つからずに、在宅になる前に辞めることができなかった事と、肺がんと煙草が結びついていなかった事の二つが、私にとっての後悔です。

病気になってからの2年3ヶ月、主人とは本当にいろんな話をしました。大切な時間になっています。いろんな話をしながらいろんな覚悟をしていく時間でもありました。言わなくてもわかるだろうではなく、しっかりと話をすることで主人がどう生きたかったのかも分かりましたし、主人が亡くなった後の気持ちも違っていたのではないかと思います。

私が経験してきた中で思う事は、立場が違うからわかってもらえないと考えるのではなく、だからこそ話をすることが大事。元気な時だからこそ話せることがある。お互いを思いやって後悔することのないように。この3つです。

 

●今だからできることがある

 

ーご自身の経験を活かして、患者会での活動を始められたのですね。

 

主人が亡くなってから、ワンステップを知って、長谷川さんとお会いして、私の中で何かお手伝いできることがあればと思いました。

よく覚えていないのですが、お手伝いできることがあればお手伝いしたいとお伝えしたと思います。

主人が亡くなったことは辛いことであり、悲しいことではあるけれども、主人の闘病生活は二度と出来ないと思える闘病生活であったと思っています。

私が悲しんでばかりいると、主人の人生全てを否定するように思えてなりません。闘病生活も主人の、そして二人の大事な人生の一部だったのですから。良かったことや楽しかったことが沢山あります。そう思ってお手伝いをするようになった時に、ほかの患者会の方とお話をする機会があり、主人が亡くなってから患者会を知ってお手伝いをするようになったとお話したら、「ありがとう」って涙ぐんで言われました。そう言われた時、私はぴんと来ませんでしたが、ふつうは家族はがんから離れたいものだと言われました。そんなことはありません。今だからできることがあると思っています。主人の病気との向き合い方が私に残してくれたものだと思います。

 

ー最後に米澤さんの好きな言葉を教えて下さい。
 

 

「笑顔には笑顔が集まる」

そう思ってずっと歩いてきました。主人を支える時も笑顔を一番に考えていました。

 

 

ー闘病中の患者さんやご家族に伝えたいことはありますか?

 

 

皆さんそれぞれ、お互いの支え方は違うと思いますが、思いやりすぎて、すれ違う事のないように過ごしていただけたらと思います。

(写真:廣谷京子/写真提供:米澤さん)