肺がんBookvol.4から

インタビュー記事 岸本伸之さん(後編)

みなさんこんにちは!

昨年秋に発行した「肺がんBook VOl.4」から
特集記事の、3名の方へのインタビューを改めてご紹介します。

今回は、岸本伸之さんの後編です。

インタビュー、写真は木口マリさんです。

●「病を誇りに変える人」インタビュー①

●島根県がん対策推進室嘱託職員
  岸本伸之さん(54歳)

●遺伝子検査や休薬をしてみた

―2度目の病気休暇以降の治療はどのようにされましたか。

 

岸本:休みに入ったころからがんが大きくなってきたため、以前使用したのとは別の免疫チェックポイント阻害薬(テセントリク)に変更しました。しかしそれも半年ほどで効かなくなりました。

僕は、ずっと遺伝子検査をやってみたかったんです。以前は、がんのある位置が悪くて細胞が取れなかったのですが、新しい機械が導入されて採取が可能になり、やってみました。でも、結局十分な検体が取れずに結果は出ませんでした。しばらくして再度やってみたくなりましたが、やはり難しいとのこと。「じゃあ、もう遺伝子検査はやめよう」という気持ちになりました。

 

 

―その間の治療は。

 

岸本:結果待ちのあいだ、1カ月くらい休薬していました。そうしたら、副作用もなくて調子がいい。「正常な細胞を元気にしたい。運動して体力をつけたい」と思い、医師に相談してもう少し休薬することになりました。

 

 

―休薬後は、どんな治療を行いましたか。

 

岸本:がんは、じわじわと大きくなっていたのですが思ったほどではなくて、医師も不思議がっていました。次いで提示されたのは、抗がん剤治療。でも、シスプラチンのときの副作用の辛さを考えて、もう一度、免疫チェックポイント阻害薬(テセントリク)を使いたいと伝えました。2019年5月から8月いっぱいまで使用しました。

 

 

―もう一度同じ薬を使った理由は?

 

僕のがんは2つあって、1つは抗がん剤が効くがん、もう1つは免疫チェックポイント阻害薬が効くがんなんです。原発のがんが大きくなってきたのでそれに効く抗がん剤を使うとのことだったのですが、検査の結果、思ったほど大きくなっていませんでした。そこで、もう片方に効く免疫チェックポイント阻害薬を使いました。

 

 

―手術も視野に入れていたそうですね。

 

9月にがんが大きくなってきたのですが、2カ所に限局しているため、手術が可能ではないかと考えました。広島の大学病院を受診し、右肺下葉をハイブリッドVATSで切除することが決まりました。
しかし、PET検査で骨転移が見つかって、手術は中止。11月12日から、抗がん剤(カルボプラチン・アリムタ)と、分子標的薬(アバスチン)での治療を行っています。そのほか、化学療法開始前には、遺伝子検査のための生検を気管支鏡で行いました。(2019年11月現在)

 

 

●自分で動くと物事は変わっていく


―ほかの患者さんと出会うことはありましたか。

 

岸本:ワンステップ代表・長谷川一男さんのドキュメンタリーを見て、「この人に会ってみたい」と思いました。神戸で肺がんの公開講座を開くとのことで、行ってみたり。おしゃべり会に参加したら、本当に元気をもらえる人たちばかりなんです。

今は、日本肺がん患者連絡会がグローバルブリッジの助成を受けて行っている禁煙応援プロジェクト「結心(けっしん)プロジェクト」に参加しています。自分で動くようになったら、いろんなことが変わっていきましたね。

 

 

―がんに関する活動や勉強を始めたのですね。

 

岸本:いろんな勉強をさせてもらって、病気を理解したら、「怖くないな。なんとかなるかもしれん」と感じました。治療もどんどん進んでいることがわかったし、体力を維持して待とう、と。治療は医師にまかせて、僕にできることは何だろうと考えるようになりました。

 

 

●島根県がん対策推進室の嘱託職員に

 

 

―今は、どんなことをされていますか。

 

岸本:実は、再就職しています。島根県では、「モデル的にがん患者を雇用する」という就労支援事業を行っています。「治療と両立しながら働いてもらうことで不安を取り除き、雇用期間終了後はハローワークと連携して再就職へつなげる」というもの。僕はその対象として雇用され、がん対策推進室の嘱託職員になりました。

 

 

―これまた予想外な方向に!

 

岸本:運命かなと思いましたね。病気になってから、これまでとは全然違う方向に流れが変わっていったような気がします。

 

 

―どんな仕事をされているのですか。

 

岸本:メインは、県庁のウェブサイト内にある「しまねのがん対策」というページでの患者目線の情報発信。脱毛してウィッグが必要な方への助成の審査や、事務の補助など。今後、がんサロンを回って、行政と患者と病院が話をしやすい環境や、だれもが参加しやすい雰囲気作りもしていきたいです。多くの人に「治療をしながらでも働くことはできる」と知ってもらいたいですね。
 

 

―職員のみなさんの反応はどうですか。

 

岸本:意外と元気ながん患者が来てしまって、どう扱ったらいいかと試行錯誤なところはあるようですが、みなさん、新しいことに挑戦していきたいと考えてくれています。

雅子:私も県庁の別の部署で働いているのですが、同僚からは、「職場が明るくなった」「元気をもらった」という話を聞きます。がん患者が来て明るくなるって(笑)。だれか一人にでも元気を与えるのはすごいことだなと思いました。

 

 

―職場で、奥様を支えてくれた人はいますか。

 

雅子:治療中は、仕事を休まなければならないことがときどきあります。私は嘱託職員なので、正職員ほど身分が定まっているわけではないのですが、上司は、「席を残してあげるけん、旦那さんが元気になるまで休んじょっていいで」と言ってくれたり、休んだあとは必ず「どうだった?」と聞いてくれました。とてもありがたかったですし、この上司になら何でも相談できるという安心感がありました。

 

 

―最後に、岸本さんの好きな言葉を教えてください!

 

岸本:「万事好都合」。よく妻と2人で言っています。つまずいたときに、ダメだと思わなくていい。この道がダメなら、こっちの方に行けってこと。行ってみたら、その道の方が逆によかったというような。一見マイナスなことでも、すべていい方向にいくものだと思っています。

(写真・文:木口マリ/一部写真岸本さん提供)