肺がんBOOK vol.3

いのちの落語家・樋口強さん(65)その2

みなさま~
 
肺がんBOOK出ました~10月初めには、がん拠点病院に並んでいます。。。ぜひ手に取ってくださいませ。連絡遅くなってすみません
 
 
 
いのちの落語家・樋口強さん(65)
“生きるはずのないがん”に出会った落語家の「笑いのちから」(2)
 
 

前回より引き続き、「いのちの落語家」である樋口強さんのインタビュー。
抗がん剤の副作用で、「感覚がなくなる」という事態に陥ったことからの「リハビリのためじゃないリハビリ」、そして「会社でがん患者を雇うべき理由」などをうかがいました。

●「ありがとう」と言われるリハビリ
 
 
 
―そのほか、治療で特に大変だったことは何ですか。
 
 
 
私は治療で、大量の抗がん剤投与を行なったために、「全身の感覚がなくなる」という副作用が出てしまいました。脊髄の奥深くで神経が切れてしまい、20年以上経った現在も、後遺症として残っています。
 
通常、人間が行動する時には、運動神経と感覚神経が同時に働きます。「動く」ということと「触れたものの状態を感じる」という神経です。

私は感覚神経がなくなってしまったので、例えば、コップを持ったとしてもそれが熱いのか、冷たいのか、重いのか、軽いのかなどが分かりません。コップが割れた破片で手が切れても、「痛い!」となるのではなく、血が出ているのを見て切れたことが分かるという状態です。足の裏も感覚がないため、人の足を踏んでも分かりません。
 
 
 
―現在は普通に暮らせているようにお見受けしますが、リハビリの効果でしょうか。
 
 
最初は、お箸やペンを持つことなどもできませんでした。
病院では同様の症状の患者を診たことがなく、どうリハビリをしたらいいか分からなかったんです。それでも一生懸命に考えてくれて、「器に入れた大豆を、箸で隣の器に移し替える」というリハビリを行いました。
 
何度も失敗をしながら、だんだんとできるようになっていく。
そうすると、リハビリの先生はとても褒めてくれるんですよ。「さすが! その調子!」と。
そして全部移し替えたところで、「じゃあ、もう一度同じ器に戻しましょう」と、こう言うんですね。
それって、どう思います? 私は、「戻すなら最初からやんなきゃいいじゃない」と思ってしまいました(笑)。
 
先生もがんばってくれていて、もちろんそれはとてもありがたいしリハビリは大事なことではあるのですが、これまで生産性や合理性などを考えながらバリバリ仕事をしてきた人間としては、「“機能を回復させるためだけ”のリハビリ」には、何も生まれるものを感じられないと思いました。
というのも、当時の私は、43歳。人間として一番充実してきている時期です。そんな時にがんになり、人生がピタッと止まってしまいました。この若さで、一人でご飯も食べられず、風呂にも入れず、働くこともできなくなってしまった。生きているとは言えないと思いました。
 
「悔しい!」
「仕事がしたい!」
そんな時、家内がこんなことを言いました。
「茶碗を洗ってみなさい」と。
「仕事に行きたいのでしょう。だったら、時間がかかってもいいから普通のことが普通にできるようになるまでやってみなさい」と言いました。
 
当時はまだ、仕事のレポートを鉛筆で書いていた時代。手が動かなければ仕事はできません。だから、まずは茶碗を洗えるようになろうということで、自宅での独自のリハビリを始めました。
 
 
 
―なかなか大変だったのではないですか?
 
 
 
最初は、時間はかかるし、床に水はこぼすし、食器を割って手を切ることもありました。家内がやった方が、当然早い。だけど、半年くらい続けていたら、やっと洗い方が分かってきたんです。当たり前のことが当たり前にできるようになるまでに、それだけの時間がかかりました。
 
 
 
―快挙ですね!
 
 
 
「やれやれ」と思ったら、今度は家内が「洗濯物をたため」と(笑)。
柔らかいものをたたむのは、洗い物よりも難易度が高いんです。でも、どちらもできるようになりました。感覚は依然としてないままだけれど、今でも毎日行なっています。
―家事の中でのリハビリが、そのほかのリハビリと違う点はどういったところでしょうか。
それはやはり、“毎日の家事=生産性ある仕事”としてできる点です。それに、家内に「ありがとう」と言ってもらえる。“リハビリのためのリハビリ”ではなく、「自分も家事に参加しているんだ。役に立っているんだ」と実感できるんです。気持ちのうえでまるで違いますね。
 
 
 
 
―ご家族も、できないことをやってあげてしまうのではなく、できるようになるためにはどうすればいいかを一緒に考えて、サポートする。時間はかかるかもしれないけれど、見守って支える。そういったことも大事ですね。
 
 
 
家族は、患者が後遺症で辛い時など、「休ませてあげたい」という情もあると思います。それもすごく分かります。しかし、「家族の人生を背負って生きる」という覚悟ができたら、ものすごく強いんです。家内はそういった覚悟で支えてくれたため、私は1年で職場復帰できたのだと思います。
 
 
 
 
―ここで、奥様にも質問です。家事のリハビリを勧めた時、厳しいことを言っているという気持ちはありましたか?
 
 
 
夫は社会復帰したいという思いがあったので、「これをクリアしたら、行けるんじゃない?」という気持ちでした。ですので、特に鬼嫁のような感覚ではありませんでしたね(笑)。体って、使わなければだんだん固まってきて、動けなくなってしまいます。日常の中で毎日続けていくこと、それで生活の役に立つことをしたらいいのではと思いました。
 
 
 

●当たり前のことが、当たり前にできる幸せーーがん患者は、社会における「金の卵」
 
 
 
 
―樋口さんは、「がん患者の就労」についても、ご自身の落語のテーマにされていますね。
 
 
 
私は、がんになって仕事ができなくなって、初めて仕事のありがたみを知りました。失って初めて、仕事が普通にできることの喜びを知るわけです。
人は、働くことによって、社会との接点が生まれます。接点を見出すことによって、生きていることを実感できる。当たり前のことができなくなって、それがすごく輝いて見えるようになりました。
がんを経験した人は、「仕事に行ってきます」「ただいま」と言えることや、社会に貢献してきた対価として給料をもらうことを喜びであると知った人たちです。そんな経験をした人たちは、ほかの人の何倍もの労働意欲にわいています。
 
 
例えば通院のために早く帰らなければならない、休まなければならないという日もあるかもしれない。その点は会社に理解してもらう必要があります。でも同時に、患者本人は「あの人はがんだから」と言われずに早く帰るために、仕事がすごく早くなっていく。すると、周りにもいい影響を与えていくようになると思うんです。
 
現在、政府が、がん患者の就労について、制度を整えています。それは大事ではありますが、「義務として雇う」「がん患者さんを救ってあげる」というのではなく、「この人たちを見習いなさい」という位置で置くといいと思います。会社の中核にすえるべきですね。
彼らは“金の卵”なんです。
こんなすごい人材は、それこそ探してでも雇うべきだと、私は思います。
 
 
 
 
―がんになった人は、「失う」という経験をしたからこそ、仕事の本当の価値を知っている人たち。確かに、とても貴重な人材と言えますね!
 
 
 

●家族の人生
 
 
 
 
―奥様は、60代になってから起業をされたということですが。
 
 
家内は、がんになった私を支えるために勤めていた会社を辞めてしまいました。しかしもう、私一人で外に行けるようにもなったし、「自分のやりたいことを始めよう」ということで、資格を取って起業しました。
それが、家内の“社会との接点”だと思います。家族も、患者を支えるだけでなく自分の生き方を見つめていく。そのひとつのパターンかなと思っています。私もずっと面倒を見てもらっていましたし、応援していきたいですね。
 
 
 

●がんと向き合っているみなさんへ
 
 
 
―最後に、がんと向き合っている人たちへ、一言お願いします。
 
 
「がんになる人の特徴」って3つあるんです。これは落語の中でお話していることなんですが。
一つ目は、「優しい人」。二つ目は「きれいな人」。三つ目は「仕事ができる賢い人」。特に二つ目は、みんなうなずきます。だれも反論しませんね(笑)。
逆に、がんになりたくなければ、この3つから離れていけばいい。
「私は優しくない人になります」「ブスな人を目指します」「頭が悪い人を目指します」
……よく考えてみませんか。それで人生楽しいですか(笑)。
がんになったらなったで、いいじゃないですか。拒絶していたって、来るものは来るのだから、それは一緒に乗り越えていきましょうよ、と私は思います。
 
 
けれど、一度がんに出会ったら、私たちはそれを忘れることはありません。治療が終わったとしても、いつも再発や転移の不安を抱えていると思います。
でも、それを思い出さないようにすることはできます。その方法とは、「楽しいことをする」ということ。別にお金をかけることじゃなくていいと思うんです。「自分がよかったなあ」と思えることなら、何でもいい。昼から家のお風呂に浸かってみるとかね。とにかく自分が笑顔になれることをする。
楽しい気持ちの時は、がんのことは忘れていますから。「そういえば、忘れてたね」と。そうすることによって、少しずつ自分の顔が変わっていきます。笑顔になっていく。そしてそれが、その人の人生そのものになっていくような気がしますね。
 
 
 
―今回は、気付けば心がホッとしているような、そんなお話をうかがいました。本日は、ありがとうございました!
 
 
 
インタビュアー:長谷川 一男
文・写真:木口 マリ
 
 
●プロフィール:
樋口 強(ひぐち つよし)
いのちの落語家・作家
1952年、兵庫県出身。企業人として活躍していた43歳の時に悪性度の高い肺がんに出会う。現在も抗がん剤の後遺症に対するリハビリを続けながら、年に一度、がんの仲間と家族を招待して「いのちの落語独演会」(東京・深川)を開催。全国で大きな反響を呼び、2011年には、社会に感動を与えた市民に贈られる「シチズン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。『いのちの落語』(文藝春秋)、『津波もがんも笑いで越えて』(東京新聞)など著書多数。「がんと就労」に関する新著出版(2019年を予定)に向け、現在執筆中。