体験者インタビュー・ぴあなさん その4

― 家族や友人のことについて

 

 

 

 

 独身で、一人暮らしをしています。3年前までこの家で母親を私が介護していました。再発して、母親を老人ホームに預かってもらわざるを得なくなりました。妹が一人いますが、たまに来て、手伝ってくれたり、電話でいろいろ話したりします。でも、来るのに3時間ぐらいかかるところに住んでいるから、あまり頼りにはしてないし、できないですね。

 

 

 

 結構、友人が心配してくれています。会社のときの先輩とか、それから高校時代の友人とかもいろいろ。スープ作って持ってきてくれたりします。気まぐれで、月に1回もないけど、気が向いたときにね。電話では結構話できるし、死生観の話とかもできる友達もいます。

 

 

 

 

― お金について

 

 

 

 

 16年前に退職金倍増の希望退職を会社が募ったときに、会社を辞めました。まだ病気の片鱗もなかったときです。今は、貯蓄と年金で暮らしています。退職金の半分は会社の企業年金に預けたので、終身でもらえる年金が手厚くなり、うんと得をする計算をしていました。長生きしないと大損。60歳になったときに、企業年金、厚生年金、国民年金の全部を前倒しでもらっています。その代わり割引きされてしまうけれど、もらえるものは先にもらう。あとは入院した時にでる、医療保険の給付をもらっています。

 

 

 

― 身体の痛みについて

 

 

 

 

 今年に入ってから、しびれや痛みが起きています。それまでは、ほとんど自覚症状はなかったです。横隔膜の上とか肝臓にも転移していて、骨も痛い。だからシップを背中のところに貼っています。

 

 

 テーブルを覆うほどたくさんの種類の薬が出ていますから、今の呼吸器内科にはきちんとやってもらっているのでしょう。院内に緩和ケア外来があるので聞いてみたら、オキシコドンとかそういう麻薬系でコントロールができないような痛みのある状態になったら、緩和ケア外来に行ってもらうというお話がありました。呼吸器内科と併用するかたちで、緩和ケアは治療の補助って感じですね。

 

 

 

― 精神的な辛さについて

 

 

 

 精神的につらかったこと。これは常時つらいですね。正直言って、解放されません。死につながる病気だというふうに思っていて、まだ死を受け入れてないだろうと思うのです。なかなか受け入れられないというか、乗り越えたというわけじゃないです。

 

 

 

 再発時は、地元の患者会に参加して、乗り越えたというより、気を紛らわした。それからブログなどで心情を吐露したり、理解を得たり、勇気をいただいたり、励まされたり、あるいは情報をいただいたりして、時間は紛らわせます。ただ、だけど実際にはなかなか乗り越えていなくて、ただ考えてもしょうがないので、少しずつ要らないものを捨てるとか身の回りの整理をやって、身軽になっていきますね。身軽になっていくと、それは少し気が楽になってくるということにつながるから、乗り越えていくための方策のひとつかもしれません。でも、なかなか乗り越えたとは言えません。常に憂鬱です。

 

 

 精神腫瘍科には行っていません。デパスという抗不安剤を呼吸器内科の先生に処方してもらっています。睡眠はよく取れるので、いい薬です。精神腫瘍科に行っても、多分、僕はどうだろうな、解決しない気もしますね。

 

 

 だからもっと早く宗教やっていればよかったんだと思います。死後の世界を信じられるから。いろんな意味で、未知のエリアに行く恐怖感っていうのはあるじゃないですか。ソクラテスが言うには、誰も死後の世界を知らないわけだから、誰も知らない世界に行くにあたって、怖いも怖くないもないだろうと。そんなことを言われても、何の慰めにも、僕にはならないです。ただ、人間は誰でも100%致死率であり、それとどう結びつけて、自分を持ち上げるというか、自分を保つというか、そういう努力を一応しているんですよ。だから今日一日がよければいいとか、今が大事だとか言うけど、それはよくわかります。ただ、誰しも致死率100%だけれども、それを病気というかたちで提示された人間と、いつかは分からずにいる人間では、精神的には全く違うと思います。

 

 

 また、死に対する恐怖があるということは、僕は生に対してきっと魅力を感じているのですよね。生に執着があるから、逆に死を受け入れがたいっていうことにつながっているのかなと思ったりしています。

 

 

 僕は結婚してないでしょう。例えば奥さんがいて、子どもがいると、家庭のなかでいろんなことの中の優先順位を決めなきゃいけないじゃないですか。自分のことばっかりやっていられない。しかしながら、それがないと、もろ自分と向き合うしかないのですよ。100%自分のことに時間使えるから。そうすると深刻になりますね。そういうことも最近わかってきました。

 

 

 自分を保つために、死と向き合ったり、悩んだりするということを忘れる時間を作る。僕はピアノを弾いたりすると忘れます。あとは漁港まで散歩して、そこで新鮮な魚を買ってきて、ヘルパーさんに作ってもらったりします。そのときは忘れちゃいますよね。でも、そういう時間で全部埋め尽くすわけにいかなくて、朝起きたときなんか一番憂鬱です。時間がたってきて、何か流れができれば、四六時中悩んでいるということはないです。それから、自分にとっても「生」が嫌なものではなかったから、「生」に執着しているということを認識していて、あとはどうやって納得するかというようなことですかね。

 

 

 

― 一人暮らしで困っていること

 

 

 

 自覚症状が出るまでは、何一つ困っていることはなかったです。車で外食もしょっちゅう行っていたし、料理も好きだから、食材買ってきていろんなもの作って、何も困ることはなかったです。今はちょっと動くと呼吸が苦しくなるので、やる気が起きない。牛乳一つも買いに行けないので、スーパーマーケットの宅配を頼んでいます。

 

 

 

 一人で住もうが、三人で住もうが、とにかく最低限の掃除とか、洗濯とか、やらなければならない家事がある。それは介護保険の認定を受けたので、超過する分は自費でまかなっていますけれども、週に3回ヘルパーさんが来てくれて、食事を作ってくれるのと、週に1回1時間半で全部掃除してもらっています。

 

 

 

 それから、ごみの収集も大変で、すぐそこにステーションがあるんだけど、持っていけないの。持っていったら、帰りに息切れしちゃって。私の街では、私のような事情があると、週に1回、家まで取りに来てくれて、全部持っていってくれるんです。分別はヘルパーさんにやってもらって、うんと助かりましたね。

 

 

 

 あとは症状が急変したとき、どう対処するのかが分からないですね。救急車で遠方の現在通院している病院まで行くことになるのか、そのことについては主治医と相談できていません。家の近くに病院はありますが、いきなり行っても、今までの経緯を何もわからないから大変でしょうし、そこがちょっと困ってきましたね。

 

 

 

 それから、通っているのはがんの専門病院だから、例えば別なものを合併しちゃったりとかしたときに、診てもらえるのかという不安があります。今のがん専門病院に通えなくなったら、訪問医療と訪問看護を受けて在宅緩和ケアか、緩和ケア病棟かホスピスか。緩和ケアって、調べたら私の住む県では300床しかないそうです。皆さん、どこに行っているのでしょう。がんの人いっぱいいる割には、300床じゃ足りないし。国は在宅でやらせる方向にしたいのですかね。

 

 

 

 在宅医療で先生が往診に来てくれて、あとは看護師さんが、例えば毎日1回ぐらい来て、なにかあれば24時間365日動いてくれるようです。でも、訪問看護受けたようと思ったら、「今、手いっぱいでお断り」と言われて、断わられてしまいました。別の近くのところも、人手不足で即応できないと。だったら、ホスピスのほうがいいかねと思っちゃう、医者も看護師も常駐しているから。ホスピスも病院と考えずに、ホテルみたいな、自分の終の棲家っていうふうに気持ちを切り替えられるといいのかな。今となっては、母親とも一緒に生活ができないし、ばらばらになっちゃったし。今はまだ、そういうふうに切り替えのスイッチが入らないですけどね。