体験者インタビュー・長谷川一男 その2

― 家族にやってもらってよかったこと

 

 

 

 

家族がいると、喜びは2倍になるし、悲しみは半分になると言いますよね。お医者さんともめるときがごくたまにある。心ない言葉を言われたりする。そのとき、僕の奥さんは感情が豊かなタイプなので、僕が怒るよりも前にわーっと怒り出して、そして、怒りが行動に出たりする。その時は自動販売機の横のごみ箱蹴っ飛ばした。それで僕がよいしょと直した(笑)。そういうのを見ると、悲しみは何か半分になるっていうか、支えられてるなとか、思いますよね。ちょっと例がどうかと思いますが、一番強く残っているので。

 

奥さんは、今は3回に1回ぐらいのペースで一緒に診察に来てくれています。でもその前は節目、節目の増悪したときとか、手術を決めるだとか、そういう大きい決断のときに来てもらう。手術とか決められないですよね、一人では、やっぱり。相談をして決めます。

 

 

 

 

― 子供への病気の伝え方

 

 

 

病気から7年目で、この4月に伝えました。子供は上が中3の息子で、下が中1の娘。最初に病気が分かったとき、僕は39歳で、子供は小2と年長。そのときは伝えられなかった。僕のハードルが高かったの。僕ができなかった。

 

でも僕1回話そうとしたとこあるんですよ。妻がちゃんと言わないといけないよねって。なかなかそのタイミングがなくて。あるとき、お稽古事への道中、上の子どもと2人きりになったから、今がチャンスだと。そのとき上が小3と下が小1だった。口から出た言葉は、「おまえ、妹が1年生で小学校入ってきただろう。もし妹がいじめられたらおまえが助けるんだぞ。」でした。意味がよくわからないですよね。これは、もし僕がいなくなったら、家族で男の子はおまえ1人なんだから、お母さんも妹も守るんだぞって意味を込めたんです。だけど出てきたのはそれ。子どもはぽかんとして終わり。

 

ずっと言えなくて、7年目なって、僕のドキュメンタリーが、2016年4月にテレビ放映されると決まりました。そこで、親以外の人から子供たちが「お父さん、がんだってね」って言われるとまずいっていうことになり、話しましょうということになった。でも、僕はやっぱり話せなくって、妻が「父さんは肺がんですよ」って話しました。そしたら子どもの反応は「全部、知っている」と一言。僕の部屋と子どもの勉強部屋が一緒のようになっていて、がんの本とかいっぱいあるわけですよ。テレビの録画記録とか見たら、がん○○とか、もういくらでもある。それから、僕、25回入院しているんですよね。だから、わかるんでしょうね。

 

本当は、子供に伝えないことは、子供の精神上よろしくないみたいです。この前、院内学級をやっているプロの先生の講演を聞きました。子どもって子ども自身だけで考えると、悪いほう悪いほうにいっちゃう。だから大人がきちっと言わなきゃいけない、っていうふうに言っていた。何らかのプレッシャーがかかったときに、大人は何とか対処できても、子どもは対処する力がないから、ばちっと切っちゃうんだって言い方をしていました。それは心理学的に「解離」っていう言葉になるらしくて、後々まで残るものらしい。そして、大人になったときに、解離したツケが必ずくるみたいなことを言っていましたね。だから、病気であるってことを伝えるってことは、早くにやっておかなければいけなかったことなのかもしれないです。

 

僕も最初小児科医に相談したんですよ。僕が「子どもがかわいそう」みたいなことを一言言ったら、「いやいや、全然、子どもはかわいそうじゃないよ。片親の子どもはいくらでもいて、子どもはみんなすくすく育っている。子どもはそれぐらい強いんだ。」と小児科医は言った。だけど、実はこの前会ったプロによると、それは解離しているだけで、元気に見えているだけっていうことらしいです。元気に見えるのは受け止められてないからで、ちゃんと正面切って向き合う大人が必要ですよと言われましたね。

 

おしゃべり会などで、他の方々の経験を聞くと、子供に言っている人が多いですね。そして、サポートも受けていますね。例えば学校にはスクールカウンセラーもいるし、先生にちゃんと見ておいてねと言えば、子どもがもし何らかの精神的な異状みたいなものがあったら、察知して子どもに関わってくれるようです。あと、何かあったら先生などに助けを求めるようにと子供に言っているみたいです。みんな、すごいですね。そういったことは僕の場合一切ゼロですよね。

 

 

 

 

― 最高の延命

 

 

 

僕の治療歴は根治か延命かと聞かれると、根治を目指しているって言いたいんですけど、言えないですよね。科学的なことを全く無視したあほな答えみたいな感じがしませんか、ステージ4だと。でも、根治狙いみたいなこともあって、根治するかもしれないし、治らないかもしれない。状態が少しでも良ければ根治するんじゃないかっていう希望も捨てられなくて、でも「治らない」って先生は言うし、何かそこら辺は全部ない交ぜのままが、ステージ4の患者の治療な感じが僕はしています。

 

 

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僕がよく使うのは「最高の延命」。最高の延命がいいな。より質高く、より長く生きられるのがいいですよね。それはイコール根治なのかもしれないし、イコール延命でもありますよね。延命の一番いいかたち。

 

手術や放射線を受けてきたことは、リスクを取るという言い方もできるんですけど、僕は、最大のチャンスがきたって思うタイプなんですよね。例えば、放射線治療を受けていますが、あれはやっぱり薬が非常に効いて小さくなったからできたことなんですよね。僕の薬だと奏功するのは4割ぐらい。その4割に入れて、さらにその4割の中でも良いほうにいる。つまり運がきた、その機会を逃してはいけない。今、波が来ているのに、波を乗らずに過ごすんですか、みたいなそんな考え方ですかね。これは特段珍しい考え方ではないと思います。自分の置かれた状況と治療の選択肢を勘案して、やることを決めてきただけです。

 

 

 

― これまで生きてきたように治療してきただけ。納得して治療を選択したら、悪くなっても許容できる。

 

 

 

患者会でよく聞く言葉なのですが、「生きてきたように治療する」。僕はテレビディレクターやっていて、知らないと気が済まないタイプなので、同じように治療もしているだけのことだと思う。

 

診断時、骨転移があったのですが、PETで反応しなくてCTでは映る、というよくわからないタイプでした。つまり、がんか、がんじゃないかが分からない。先生は首をかしげている。こっちにしてみるとその違いはステージ3かステージ4かの違いになるわけですよね。とてつもなく大きな違い。そこで僕は先生に調べてくださいってお願いするのだけれど、先生は「これ以上調べてもやることは同じだから、調べない」と言ったんですよね。これには全然納得できなかった。だからいろんなとこ調べて、いろんな先生のとこ行くんです。ステージ3か4かの違いはすごく大きな問題で、判別しないのが許せなかったんですよね。結局は、PETに反応しないがんと判明しました。ステージ4確定です。

 

そのとき思ったのが、「俺は何人もに聞いて納得して治療を選んだんだ」ってこと。がんと分かって、結果は悪かったんだけど、何か妙にすがすがしくなって、ああこれだ、これだっていうふうに、自分の中で思ったのです。ステージ4でも、自分で納得する治療を選んでいけば、多分悪くなっても許容できる。この治療法って本当にいいんだろうか?そう思いながら治療したら状態が悪くなったとき、誰かのせいにする。悪くなることを許容できない。でも納得してれば、悪くなることを許容できると思います。

 

 

 

― 好きな言葉

 

 

 

がんであることと自分がどう生きるかはあまり関係がない

 

 

 

 

僕を見たら、どこをどう見てもがん患者で、もうがんにとらわれまくっている感じしますよね。でもそういうのがすごい嫌だったんです。だから何とかそこから抜け出したいっていう気持ち。がんという病気に僕の人生が丸ごと侵されている現実があって、でも何とかしたい。びたっとくる言葉はこれですね。