DIA japanに行ってきました&今週末の秋田イベント

みなさん こんにちは


11月14日、有明のビッグサイトで行われたDIAジャパンに行ってきました。

DIAジャパンとは臨床試験の学会です

3日間あり、参加するのに10万円だとか!ひえ~。アメリカだともっと高くて15万とかするそうです。

こちらはシンポジウムで呼ばれたので、そこはスルーして入りました。


今回のテーマは
患者さんにとって価値ある医療を生み出すために
人工知能やビッグデータの有効活用と次世代への期待

↑日本語ひとつもない。。。


で、私が呼ばれたのは
「患者中心主義」を医薬品開発に取り入れる
~現場の声を患者さんと医師に直接聞いてみよう~
というシンポジウムです


PSPのぞみの会 堀咲妃さん
近畿大学 医学部内科学腫瘍内科部門教授の中川先生
ワンステップ 長谷川
司会はクロエの牧さんです

さてさて、患者中心主義(patient centricity)ってご存知ですか?



簡単に言うと、薬は患者さんのために作っているのだから、初期段階から販売までにわたり、患者の意見を聞いていこうという流れが大きくなってきているようです。

むむ!そんなの当り前だろう、と思ったあなたは鋭い!今までは、最終的に使用するのは患者であっても、決めるのが製薬会社、医療者であったりするわけです。それで試験の内容が微妙に患者の意向とずれることがある。
それって本当に患者のためになっているのか?という疑問が大きくなってきているわけで、そこを何とかしようとする動き。患者ファースト。



でもですよ、臨床試験をよくするために患者が関わる・・・具体的に考えると止まってしまいます。



製薬企業が臨床試験の開発段階において、そもそもどうやって患者の意見を取り入れるんでしょう。一言で「患者の声を開発に」といってもどうしたらいいのかわからない。

患者の方も、ちょっと参加してよと言われても、自分に何ができるのかがよくわかりません。かえって邪魔だろうと思うところもあります。



しかしながらアメリカのFDAでは ボイス オブ ペイシェント なる企画を作り、患者の声を聴く機会を作っているようです

そしてヨーロッパでは、臨床試験が行われたとき、その結果を患者に知らせることが法律で決まったそうです。そしてそれは日本もじきにそうなるとのこと。


患者が参加した臨床試験が失敗したことを知らされたらどんな思いがするでしょう。

その方は命をかけて参加したわけですもんね。

命をかけたならば、その結果がどうであったか知りたいですし、もし失敗した時、設計のまずさが原因の一つならばやり切れません。患者に最善と考えられた試験を!ということで、開発段階への患者参画が進んでいるようです。



※ちなみに私が知っている限り、日本で臨床試験の結果を教えてくれるのはファイザーさんだけです。



※昨年のDIAジャパンでは「患者中心」をテーマにした演題は1つ程度。今年はヨーロッパの法律改正が引き金となり、4割が「患者中心」がテーマらしいです。急速な流れを象徴していますね。


ということで、臨床試験の設計段階への患者参画ということで

シンポジウムで考えました

 

まずはPSPのぞみの会の堀さん。



PSPという病気ですが、認知症とパーキンソン病を合わせたような病気だそうです。難病指定。突然、後ろにバターンと倒れてしまうのが特徴的は動きなんだとか。



<堀さんの問題提起>
最近治験が組まれたのですが、脱落率が40%あったそうです。
これは病気が進行して、病院に通えなくなったことが原因だとか。
例えば入院という形をとれば、臨床試験を脱落を防げるのではないか?



これに対し、中川先生は難しいと判断。えっ、どういうことでしょう。



入院すると、廃用性萎縮(安静にしているため、筋肉がどんどん落ちる)が起こり、病気による悪化なのか、入院による悪化なのかわからなくなる、という考えでした。薬の効果を調べるのが臨床試験です。入院するとそれがわからなくなるという指摘。



なるほど。



どうしましょう。答えが難しくなりました。

なんとか通院の補助をすればいいかも、という答えにたどり着きましたが、それで解決するのか。

サイエンスのどうしても譲れない部分と、患者として譲れない部分がぶつかったら、答え出ませんよね。

患者参画の難しさを垣間見る例でした。



さて、今度はさくえもんのお話。

まず、私の臨床試験に対する考え方を書いておきます。
分子標的薬などの場合、「治療と研究は同時に進んでいる」と感じています。
特に肺がん領域において。
つまり、治療選択肢のオプションの一つと考えています。



そう考えていくと,情報は取れなければならない
しかしながら情報がわかりにくいんです。
私は臨床試験の情報のアクセスの悪さについてお話しました。

臨床試験の情報・・・一つ例を出して考えてみます。

一つスライド出しました..
これで考えてみます

どんな臨床試験か説明します。

EGFR陽性患者が対象です。

イレッサが効いているときに、通常の抗がん剤にして、またイレッサに戻すという試験。

抗がん剤をサンドイッチするやり方ですね。


これ、この説明だと、ふーん。しかないと思います。

そういう試験もあるんだね、程度。 



では、これだとどうですか?



「イレッサだけでは完治はできない。状態がいい時変更して、生存期間を延ばす。あわよくば、少なくとも根治できる患者が現れるといい。それを確かめる試験である。」



です。人数の少ないフェーズ2でそれなりの数字が出たようで、そこから導き出されました。


リスクを考えてみます。
順番が少し変更になるだけだけです。別にない感じがする。通常のやり方とリスク的には同じと思えます。
さて、ここまでくるとどうでしょう。
みなさんはこの臨床試験参加したいですか?参加したくないですか?
ちなみにやりたくなったとしても、この試験は締め切られているので、参加はできません。
私ががん治療において、とにもかくにも一番いやだと思うことは
過去をさかのぼって、その時に別の選択肢があったと知ることです。
その当時に、できる選択肢を並べて、自分で決めるという行為をしたいです
もちろん臨床試験がそこに加われば、不確実性が格段に上がり、難しくなっていきます。
しかし、あとで、あれもあったよね、と知ることは、体中の血が逆流するくらい嫌なことです。
自分の命に対して失礼だろう、と思っています


そして国立がん研究センターの吉野先生の言葉を引っ張ってきました。日本の臨床試験に何が足りないのか、語っています

まとめると、患者に対して臨床試験の啓発、教育がされていない。不確実性をきちんと患者側が理解しなければ、臨床試験自体の進みは悪いし、患者数の少ない疾患はいつまでたっても承認されない。患者の努力、もっと必要、ということと思います。



うん、そう思います。同意。

勉強したくない、そういう方もいていいです。ここで言っているのは、情報をとりたい、と患者が思えば、取れる状況を作ってほしいというものです。




さてさて、みなさんはどんな感想持ったでしょうか。これで終わりです。



臨床試験の設計段階にかかわった方は実在します。

年末にアポ取りました

何をどう変えたのか

患者が参画する意義とは・・・聞いてきます。


そして製薬会社さんにも聞きます。直球で。「やってどうでした?」て聞きたいです。



ということで間は空きますが、まだまだ続きます。